値上げを避ける優しさが、別の誰かを苦しめていないだろうか
こんにちは、藤見です。
今日は、介護事業で食事代などの自費サービスの価格を見直す時に、考えておきたいことです。
まず、この業界で「価格」を上げようとすると、経営者の頭にはこんな不安が浮かびませんか?
「利用者さんが離れてしまうかもしれない」
「ご家族から反発されるかもしれない」
「ケアマネさんから紹介しづらいと思われるかもしれない」
その不安よく分かります。
価格を見直すことを伝えた途端に、「えー!高くなるなら利用をやめます!」と言われる場面が、かなり具体的に想像できてしまうからです。
中には、まだ起きてもいないクレーム対応を、先回りして頭の中にイメージしてしまう人もいるかもしれません。
人間の想像力というのは、こういうときだけ妙によく働くものなんです。
もっと言うと、価格の見直しが怖くなってしまう理由は、ただ利用者さんが離れることだけではなく、他にもあります。それは、
「お金のことばかり考えている事業所だと思われないか」
「これまで築いてきた関係が壊れないだろうか」
「利用者さんを大切にしていないと思われないだろうか」
こういった不安もセットでついてきます。
介護という仕事だからこそ、お金の話をすること自体に、どこか後ろめたさを感じてしまう。
そんな経営者は、実は少なくないと思います。
できることなら今までと同じ条件で続けたいし、利用者さんやご家族の負担も増やしたくないという気持ち自体は、とても健全なものだと思いますが、とはいえ、ここで考えておいてほしいことがあります。
価格を据え置いたり、無償提供を続けたりすれば、たしかに利用者さんの金銭的な負担は増えません。
では、その負担そのものが消えるのか?
というと、たぶんそうではありません。
負担はなくならず、ただ別の場所に移動するだけなんです。
・会社がコストを丸ごと引き受けるのか。
・スタッフにしわ寄せがいくのか。
・管理者が残業して穴を埋めるのか。
・設備の修理や入れ替えを先送りするのか。
・それとも、未来の利用者さんが負担するのか。
きっと、どこかで誰かが引き受けることになります。
つまり、「値上げしない」という判断は負担をなくす判断ではなく、場合によっては、誰が負担しているのかを見えにくくする判断になっていることがあるんです。
ここは、これからの介護経営を考えるうえで、とても重要な視点だと僕は思っています。
見えやすい負担と、見えにくい負担
最近、あるクライアント先でも、まさにこの話になりました。
これまで要支援の利用者さんに無償で提供してきたサービスを、来年から有料化するという話です。
今はいろいろなものの値段が上がっていますよね。
燃料費も上がっていますし、備品代や管理費、人件費も、以前と同じ感覚では考えられなくなっています。
経営者としては、事業を守らなければいけない。でも一方で、利用者さんやご家族の負担は、なるべく増やしたくない。
この二つの気持ちがぶつかるので、価格の話はどうしても難しくなります。
ただ、そのサービス自体が無償だからといって、提供する側の手間までゼロになるわけではありません。
準備する人がいて、実際に対応する人がいて、記録を残したり報告内容を確認したりする人もいます。
一件あたりの対応時間は、それほど長くないかもしれません。
でも、それが毎日続き、何十件、何百件と積み重なれば、現場にとっては小さな負担ではなくなってきます。
介護の現場には、「少しくらいなら」と善意で引き受けたことが、いつの間にか当たり前の通常業務として定着してしまうケースがよくあります。
よくよく振り返ってみると、誰がいつ始めたのかよく分からない。
なぜ無料(無償サービス)なのか、誰も説明できない。
でも、「昔からやっている」という理由で今も続けている。
介護現場あるあるです。
始める時は簡単でも、やめるときは大変です。
利用者さんやご家族から見れば、「今まで無料だったのに、なぜですか?」とクレームとは言わないまでも、聞かれる可能性があるから、なかなか変えられない。
その結果、経営者は「もう少し(会社で)負担しよう」と考え、現場も「今までやってきたから」と対応を続ける。
そして、小さな負担がジワジワと積み重なっていくわけです。
一件100円でも、年間では小さくない
たとえば、あるサービスの原価が、一件あたり100円上がったとします。
100円だけを見れば、それほど大きな金額には感じないかもしれません。
「まあ、100円くらいなら会社で負担してもいいか」と思う気持ちも分かります。
でも、そのサービスを月に400件提供しているとしたら、月4万円です。
年間だと48万円になります。
同じ規模のコスト増が、もう一つ別のサービスでも起きていたら、年間でおよそ100万円になります。
こうなってくると、「少し利益は減るけれど、利用者さんのために会社が負担しよう」という話だけでは済まなくなってきます。
もちろん、会社の規模によっては年間100万円の負担が経営に大きな影響を与えない場合もありますし、あえて戦略的に無償提供を続けるという判断もあると思います。
無償提供によって利用者さんの満足度が上がったり、自社で行う他のサービス利用につながったりするなら、それは立派な経営判断です。無償提供そのものが悪いわけではありません。
問題になるのは、実際にどれくらいのコスト(費用と時間と手間)がかかっているのかを確認しないまま、「今まで無料だったから」という理由だけで続けてしまうことです。
・サービス原価を計算していない。
・現場の作業時間も把握していない。
・どのくらい手間がかかっているのかも分からない。
それでも、「値上げすると利用者さんに悪いから」と続けているとしたら、それはもう思考停止しているだけなのかもしれません。
それって本当に、利用者さんのための判断でしょうか?
利益がない優しさは、誰かの我慢に変わる
介護現場で「利益」という言葉を使うと、なんとなく経営者や会社の取り分のように聞こえてしまう人がいるかもしれません。
「介護は福祉の仕事なのに利益の話ばかりするのはどうなのか」と思う人もいるかもしれません。
でも、利益というのは事業を続ける(守る)ためには不可欠なものです。
・送迎車が故障したときに修理に出す。
・空調設備が古くなったときに入れ替える。
・新しい人材を採用する。
・採用したスタッフを教育する。
・稼働率が下がっても慌てずに事業を続ける。
こういった場面で事業を守ってくれるのが利益です。
利益がなければ、必要な修理を先延ばしにするかもしれませんし、採用を控えて、既存スタッフだけで無理をするかもしれません。新人スタッフへの研修や教育に使う費用を削ってしまうかもしれません。
そして最終的には、
管理者や現場スタッフが、足りないものを自分たちの頑張りだけで埋めることになるかもしれません。
無償でサービス提供しているように見えても、実際には会社やスタッフの負担で成り立っている。
そんな事業所もあると思います。
価格を守ろうとした結果、サービスを提供する体制そのものが守れなくなったら本末転倒です。
僕は、利益がない状態で続ける優しさは、いずれ誰かの我慢に変わっていくと思っています。
管理者が残業するのか、スタッフが休憩時間を削るのか。
設備が古くなっても使い勝手が悪いまま使い続けるのか。
新しい人材を採用できずに少ない人数で現場を回すのか。
利用者さんの金銭的な負担を増やさないために続けたことが、気づけば別の誰かの負担を増やしている。
そんな構図です。
値上げしないことが悪い、と言いたいわけではありません。
会社が負担できる範囲で無償提供を続けるという判断も普通にあるとは思います。でも、その判断をするときに、「利用者さんの負担が増えないから」という結論だけで終わらせずに、その優しさを維持するために実際には誰が負担をしているのかを、一度ちゃんと見てほしいんです。
・現場の時間は無駄に多く使われていないか。
・管理者が一人で残業して成り立っていないか。
・将来必要になる設備投資や採用費を削っていないか。
そこまで見据えたうえで判断することが必要になってくるという話です。
何度も繰り返しになりますが、
「値上げを避ける優しさが、別の誰かを苦しめていないだろうか」
まずは、ここを一度考えてみてもらえたらと思います。
というわけで、
この次は、実際に価格を見直すときに、「値上げするか、据え置くか」を何を基準に判断すればいいのかについて、もう少し掘り下げてみたいと思います。
価格を変えた未来と、変えなかった未来をどう比べるのか、そんな話です。
それでは、また!
