介護集客を、もっと楽しくする

友人のAI活用が凄すぎて、自分はエモいのかもしれないと思うようになってきた

    
\ この記事を共有 /
友人のAI活用が凄すぎて、自分はエモいのかもしれないと思うようになってき...

一昔前、好きなテレビ番組を何度も観たくて、VHSのビデオテープに録画していた時代があった。

新聞のテレビ欄で放送時間を確認して、録画予約をして、テープの残り時間を気にしながら録画する。

音楽を聴くのも、TSUTAYAまで自転車で行って、好きなアーティストのCDを借りてきて、カセットテープにダビングしていた時代があった。

好きな曲だけ集めてドライブで聞く専用のカセットテープを作ったり、ラベルをきれいに書いたりするのも楽しかった。

昭和生まれの同世代なら、この感じわかると思います。

あの当時は、それが普通だったから。

でも今は、

NetflixやAmazon Prime、U-NEXTなど、いろんな配信プラットフォームがある。

なのに、

「VIVANTが面白くて毎週VHSに録画している」

と言われたら、

「おっ、そうなんだ」

と、ちょっと驚いてしまう自分がいる(と思う)。

友人と食事した帰り道で、

「先に行ってて、ちょっとレンタルショップに寄ってCD借りて帰るよ」

と言われたら、

まあ、全然悪いことじゃないんだけど、

SpotifyやApple Musicとか色々あるのに、と思ってしまう自分がいる。

いや、教えてあげる。

もちろん、これが趣味だからとか、好きなんだよ、としたら、

それはそれですごく素敵だなと思うけど。

でも、効率だけで考えると、やっぱり手間なんじゃないかとも思ってしまう。

え、ひょっとして、配信あるの知らないの?ストリーミングって知らない?

と。

でも、

きっと今は、そういうものを「時代遅れ」と呼ぶより、「エモい」と呼ぶんだと思う。

そっちの表現の方が、なんかいい感じだから。


最近は、

AIについても少し似たことを感じるようになってきた。

「AIってよくわからないんですよね」
「ChatGPTは相談にしか使ったことがない」
「自分で考えたほうが味がある気がする」

それもそうかもしれない。

自分もそう思うこと普通にあるし、AIを一切使わなくても仕事はできるし。

普通にExcel使えば売上管理できるし、Wordで議事録だって作れるし、PowerPointでスライドなんかも作れるし。

だから、

できるかできないかで言えば、できる。

できるんだけど、

「できる」と「自分でやる必要がある」を、いつまでもイコールにする必要はない、と思うことが増えてきた。

もう10年くらい前だけど、前職のコンサル時代に、

会議の発言をその場でまとめて議事録を作る能力が高い若手は、よく上司の打ち合わせに同行させてもらえた。

そのスキルが重宝されていた(時代だった)んですよね。

自分はそんなに器用じゃなかったので、後日録音を聞き返しながら1時間くらいかけて議事録作ってました。

今思うと、あれって「エモい」のかもしれないですよね。

だって今は、その作業を丸々手伝ってくれる生成AIがあって、会話内容も整理してくれて、議事録のたたき台まですぐに作ってくれるわけじゃないですか。

「会議の要点だけをまとめて」
「やることリストを作って」

みたいなテンプレートをクリックすれば、他にも色んな切り口でまとめてもらうことができてしまう。

微妙なイントネーションを取り違えたり、意図や解釈を間違っていることはあるから、出力されたものをそのまま右から左に渡すのは危険だけど。最後に判断するのは自分にはなるけど。

でも、

自分の手を動かす時間は明らかに変わったなと思う。

つまり、

自分が時間を使う場所がどんどん変わってきている。


もっと言うと、

つい先日、僕が必死にMacBookと向かい合って、あれこれ悩みながら2時間かけていた仕事を、僕の友人はAIをスマホ一つで操作できるようにペアリングして、ソファーに寝っ転がりながら3割くらいの骨子を10分くらいで作ってた。

その後、夕飯を食べたあとのスキマ時間で、さらに7割くらいまで仕上げていた。

スマホ1台だけで。

見ていた自分からすると、「え、そんなこともできるの?」という感じ。

その説明を聞いても、頭に「?」が浮かぶ。

「お願いだから日本語で話してくれ」と言いたくなることばかりだった。

でも、友人に言わせれば、

「コンビニでおにぎり買うくらいのこと」らしい。

「なにも難しいことはない」と。


嗚呼なんてこった、なんてこった。


あと数年後には、

「あの頃は、全部自分で文章を書いてたよね」

「議事録って昔は人間が一から作ってたよね」

そんな振り返りをして、

「あれって結構エモかったよね」なんて表現している可能性もあるんじゃないか。

そうやって考えると、

AIを積極的に触っている人、必死に使っている人、なんとか試している人と、一切使っていない人の差って今この瞬間もジリジリ広がっているんだろうなと思う。

そんなことを、友人の活用方法を見ていて、痛感した今日このごろです。